大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和37年(ツ)35号 判決 1964年5月25日

上告人(被告、被控訴人)

佐藤孝雄

代理人

原秀雄

被上告人(原告、控訴人)

天野駒吉

主文

原判決中、主文第一、二項の部分を破棄する。

本件を徳島地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人の上告理由第一点(別紙上告理由書記載)について。

原判決は、「上告人が、昭和二七年三月二七日被上告人から、本件畑を、賃料は公定の賃料とし、期間の定めなく賃借し、その頃同契約締結の対価として一〇万円を支払つて同畑の引き渡しを受け、耕作に供していたことは、当事者間に争いがない。」と判旨し、さらに被上告人が右賃貸の日から昭和三六年七月末日までの間の右賃料相当金を、賃料あるいは他の名目で上告人から受領したことをも認定しながら、右賃借権の設定につき旧農地調整法第四条第一項の県知事の許可がなされていないから、右賃貸借契約は効力が生じていないことの一事をもつて、上告人の、被上告人の本件農地返還請求は信義誠実の原則に反し、権利の濫用である旨の、主張を排斥して被上告人の本件所有権に基づく農地返還請求(所有権に基づく請求であることは、原判決には明示せられていないけれども、その事実及び理由の全趣旨から、これを推認することができる。)を認容したものであることは、その判文上明らかである。

ところで、旧農地調整法第四条または農地法第三条の県知事の許可を欠く農地賃貸借契約は、別段の事由のないかぎり、右許可を法定の停止条件とするものであつて、その限りにおいて有効であり、従つて、契約当事者は相互に右許可申請手続に協力すべき義務を負うと解すべきであるから、原判決が認めたように、貸主が、契約締結の対価として金一〇万円を受領した上、九年余に亘り借主の農地耕作を容認し、かつ、その間の約定の賃料相当金を受領してきた場合に、所有者たる貸主が、突如として、借主に対し所有権に基づき該農地の返還を求めるのは、借主において右許可を得る意思のないとこが明確であること、貸主が右許可申請を促しても借主がこれに応じないこと、右許可を得られないことが明らかであること、右許可申請をしたが不許可になつたことなどの事情のないかぎり、所有権が信義に従い誠実に行使せられないものであり、かつ、所有権の濫用であると解するのが相当である。

信義誠実や権利濫用の原則は、私法の根本原則であるから、権利関係の対象が農地である場合にも当然適用せられるべきであり、右のように特殊な事情のある場合に限つて右の原則を適用しても、そのため旧農地調整法や農地法における農地利用関係の調整を図る諸規定が殆んど無意味に帰するとは到底解することができない。

原判決は、以上の法理を審究せず、前段の諸事情の存否を審理することなく、直ちに、前示上告人の主張を排斥した点において、審理を尽さなかつた結果民法第一条第二項、第三項の適用を誤る違法を犯したものであり、この違法は主文に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中被上告人の請求を認容した部分は破棄を免がれず、論旨は理由がある。そして、本件につきなお原審において審理する必要のあることは、以上の説示から、明らかである。

よつて、民訴法第四〇七条第一項に従い、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官安芸修 裁判官東民夫 右川克平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例